株式会社湯佐和 湯澤剛様インタビュー(第3回 / 最終回)

大企業のサラリーマンとして海外勤務も経験されるなど活躍されていた湯澤さん。
神奈川県鎌倉市に本社を構える株式会社湯佐和の初代社長である父親が急逝したことで、突如事業継承をすることになりました。
同時に年商の2倍となる40億という借金も引き継ぎ、日々資金繰りに追われながらも社運をかけご自身で初となる店舗の改装、メニューの改定を決行・・・。

戸塚店のリニューアル以降、1対1のマネジメントで社員、スタッフの方々と関係を築いていった湯澤さん。ご自身を金八先生と例えるほど仕事以外も含めて社員の話を聞いていたそうです。そして経常利益1.5億を目標に掲げ順調に借金返済が進む中、ほぼ同時に起きた3つの経営危機・・。幾多の困難を乗り越えて迎えた「理念経営」とは。

先日「ある日突然40億円の借金を背負う――それでも人生はなんとかなる。」(PHP研究所)を上梓された株式会社湯佐和の湯澤社長にお話を伺いました。

株式会社湯佐和 湯澤剛様プロフィール

株式会社 湯佐和 代表取締役。1962年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、キリンビール株式会社に入社。国内ビール営業を経て、人事部人材開発室ニューヨーク駐在、医薬事業本部海外事業担当などに従事。 1999年、創業者であった父の急逝により株式会社 湯佐和を引き継ぐ。40億円という莫大な負債を抱え倒産寸前の会社を16年かけて再生。現在は神奈川県下で、14店舗の飲食店を経営し、これまでの経験から、「あきらめなければ道は拓ける、朝の来ない夜はない」をテーマに講演活動等を行っている。経営学修士、認定レジリエンス・トレーニング講師。

株式会社湯佐和のご紹介

神奈川県東部を中心に自社ブランドで居酒屋等の飲食店を14店舗経営。三浦半島の2つの漁港で買参権を持ち鮮度の高い魚介類の仕入れ、熟練の板前が各店舗で腕を振るう。刺し身や寿司が楽しめる自社ブランドの居酒屋「七福」「七福水産」「海福」などを展開。

株式会社 湯佐和
http://www.yusawa.com/

書籍のご紹介

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発売日 2015年07月23日
判 型 四六判並製
ISBN 978-4-569-82548-9

お父さまの形見の腕時計を見る湯澤さん。厳しい経営判断を一人でする際などには、よくこの腕時計を触ったり、眺めたりしていたそうです。

ご自身を金八先生になぞらえて、1対1のマネジメントとはどのようなものだったのでしょうか?

当時は社内に中間管理職のような人がいませんでした。

先の話しの通り、飲食業はピープルビジネスということに気がついたのですが、良い人材ということではなく、当時は荒くれ板前だろうが、人がいないと成り立たなかったわけです。私が一番怖かったのは彼らがやめていくことでした。

当然、組織体になるようにと考えて中間管理職的な人をみつけてマネージャー的な仕事を任せていたのですが、彼らに対する教育や彼らの認識に対して何もできていなかったので、彼らも辞めていってしまう状況でした。

これでは、ダメだろうということで、経営学の理論とはまったく逆ですが、走り回って一人ひとりとやり取りをして、全員の面倒を見るんだという覚悟で臨んだことが効果がありました。

その頃の社員は、社長である私が上司だという人がほとんどでした。見習いのような入りたての板前も、私が上司だと思っていたと思います。

仕事中に競馬をしたり、盗み酒をするような人も多かった中、駆けずり回って、話をしていました。当時はノートに社員の会話も記録して、次回会うときには「この前◯◯と言ってたけど、大丈夫か?」など声をかけていました。そのようなことを続けるうちに、心を開いてくれる人が増えてきましたね。とても大変でしたけど。

もともとコミュニケーションを取ることに不慣れだったからなのか、関係性ができてくるとまるでほんとの金八先生のように、社員のさまざまな心配事まで相談されるようになって、途中からは「親じゃないんだよ!」と言うこともあるくらいでした。(笑)

出来ること、出来ないこととは区別していましたが、でもきちんと話を聞くことをやるだけでも、彼らとの関係は良くなっていきました。

飲食経験のない湯澤さんは、業界の常識に縛られずに独自の取組で成果をだされてきました。街頭でチラシ配りをして集客するよりも一度来店されたお客様に再度お店に来ていただいたほうが良いのではないか?という考えのもと「ドリンクサービス券」を会計時にお客様に渡されているそうです。書籍の中ではこのような数々の取組も紹介されています。

順調に店舗リニューアルを進め、店舗数を減らしながらも利益を増やしていったそうですが、立て続けに経営に直結する厳しい事故に襲われます。

2004年、当時は利益の30%を占めていた吉野家事業で狂牛病のため牛丼販売ができなくなり、売上・利益も減るなか、2年間再び資金繰り地獄に陥りながらも、居酒屋事業でなんとかカバーしながら、2006年暮には、居酒屋部門で最高利益もだせるようになっていました。

そしていよいよ翌2007年からは吉野家の牛丼も販売復活するという、どん底を脱出してさぁこれからという2007年1月に食中毒事故、そして3月に店舗の火事、そしてその間に信頼していたベテラン社員が病死するということが立て続けに起こりました。

この時ばかりは社長を辞めようかと考え、会社の事業譲渡も検討しましたが、社員たちに止められました。そして、この立て続けに起こった事故が、実際にはすべて経営者の責任だということに気が付きました。

利益のために人件費を削りギリギリの体制で運営していましたので、現場のスタッフは調子が悪くても出てこなくてはならず、結果的にノロウィルスが広がってしまった。火事も同じですよね。(限られた労働時間で、清掃が行き届いていなかったことが原因でダクトの油汚れに引火したのが原因だった。)

それまでは、とにかく利益、利益でした。金八先生だとか言って走り回っていましたが、結局は人が利益を生み出す手段だと考えていました。彼らの生活や家庭のことを考えずに、利益、利益ということを追求していた結果、このような事故が起こってしまったのです。

経営者として変わらなければいけないと思い、利益も安定してきてましたので社員に還元してゆこうと決意しました。
そして「すべてはお客様と働く仲間の笑顔と喜びのために!」というスローガンを掲げて、それからの2年間で会社を変えると社員に宣言したのですが、実際にはまったく変われませんでした。

それは、資金繰りのトラウマから逃れられなかったことと、自分が掲げてきた目標を下げることに我慢できなかったからです。資金繰りの恐怖もなくて、目標も達成しなくてもよくなっていたのですが、経営者の我欲で、変えることができませんでした。

先輩の経営者からの「何のために経営するのですか?」という質問に答えられなかった。

「何のために経営するのですか?」という先輩経営者の問に最初答えられませんでした。

「借金を返済するため」と答えたら、「それならばあなたの社員は借金を返済するために働いているのですか」と言われてしまいました。

借金返済のため、利益が一番の目的だったので、利益がマイナスになるようなことは、意思決定ができませんでした。
しかし、やっぱり経営理念が大切なんだろうと考えて、それまでやってきた自負やプライドなどを置いておいて、まっさらの気持ちで、生まれたきたのがこの理念です。

「人が輝き 地域を照らし 幸せの和を拡げます」

経営をやるとしたら何が大事かと考えたときに、まずは一緒に働く仲間に自分も含めて成長して幸せになりたい。もう一つは、地域に必要とされるお店や会社になりたい、と。

ようやくこれを本気でやろうと考えて、この経営理念を掲げています。

理念志向だけでも業績に反映しなかったり、業績志向でいっても、結局は問題にぶつかってしまう。良い会社は理念がきちんと浸透していて、そのことが業績にもプラスにはたらいている会社ですよね。いま、湯佐和は「よい会社」に向けて経営を心がけています。

大企業ではなく、中小企業として規模が小さいからこそ可能となった自社の取組があれば教えてください。

地元漁港に買参権を持ち、日々新鮮な魚介類を仕入れ、自社流通で配送している。多様な魚を技術のある板前が調理し、日々お客様に提供している。

当社は神奈川県東部に14店舗が集中しています。

魚の流通は通常、漁師さんから中央市場に魚が集まり、卸を通じてお店に入るまで普通は4日〜5日間かかります。
うちの場合は、県内の三崎と長井漁港に買参権を持っていて、自社物流を持っているので、漁師さんが夜中に揚げた魚を、朝セリで落として、早ければ当日の夜にはお店に並べることができます。厚木などのお店でも翌日にはお店に並びます。

これは規模の小さなうちだから出来ることで、大手にはできないことです。大手は地方市場で数百店分の魚は揃えられないし、物流的にも無理があります。また地方市場で仕入れる魚は種類もサイズもバラバラなので、このような魚を仕入れて売るためには(さばいたり、調理をする)お店ごとの技術力が必要になり、大手にはなかなか真似ができません。

これは中小企業だからできる、社会の一隅を照らし、特化して、小さからこそできる取組の一例だと思います。なかなか上手くいっていないことも多いですが。

金八先生スタイルの1対1のマネジメントから、最近のマネジメントは変化がありますか?

社員に任せられるように頑張っています。

以前は毎日が緊急事態のようなもので、失敗が許されなかったものですから、すべて自分でやってきましたし、それを正当化していました。小さな意思決定も、自分を通すように社員に言っていましたので、いつも会社にいて、必ず連絡がとれるようにしていました。

でも、理念にもある通り、人が輝くということを考えると、そのような状況では人は幸せになれないですよね。言われるばっかりの人間になってしまいますから。

結果として、今、育てるためにも任せてゆくことをやっています。
とにかく、任せて、自分たちで考えて、自分は気づかせ屋になって、自分で気づいて育っていく。なかなかうまくいきませんが、そのような境地で組織づくり、人づくりにここ2年間は集中しています。日々難しいことを実感しています。

急激に変化する時代、外部環境のなか、これからの事業展開をどのようにお考えですか?

一番重要視しているのが2030年の人口動態表です。人口の総数が減ると同時に、高齢化が進んでいます。そして市場の縮小。そして何よりも一番危惧しているのは、実は労働力人口の激減です。

我々のようなアルバイトの方に働いてもらうビジネスは、15年後に成り立たないような状況です。ですから今後の事業展開を考えると拡大のような選択肢はとれないです。

ほんとうの意味で差別化、それはイコール人が一番大切だと考えています。
人を活かす経営を通じて、人で差別化できるなるようにしていかなければと思います。

そして働いてもらう人から選ばれる会社にならないといけない時代がもうすぐそこに来ていますよね。

そこに全力を投球していく。その目的として、その人々の活躍の場として、お店が必要であればお店は拡大してゆくことも考えますが働いてくださる優秀な人がいることが前提です。最大でも20店舗、20億の売上が上限だと考えています。

私自身に野望はなくて、20店舗20億で、ここで働くみんなが幸せであることが最大の目標です。

そのために2020年ユサワビジョンというものがありまして、仕組みをつくって、人が輝く、人が成長する会社になるということを掲げています。

働く人が激減する時代がすぐそこに来ているわけですから、大企業の飲食チェーンはこれからは働く人を確保することがほんとうに難しくなるでしょう。家族経営の時代が来るのではないかと感じています。


インタビュー(吉原亘)

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